視察団に参加して~参加者の感想

韓国4大河川日韓市民視察団に参加して

1 大久保規子(大阪大学教授)-------------------

 今回の調査では,ハンガン,ナクドンガンおよびグンガンの複数の建設現場および建設予定地を訪問した。グリーン・ニューディールの名のもとに,いかにすさまじい環境破壊が行われているかを目の当たりにする一方で,現在破壊の危機にさらされている残された湿地が,いかに生物多様性に富んだ素晴らしい地域であるかを実感した。環境と経済の好循環の実現,気候変動に伴う局所的豪雨や異常渇水への対応,生物多様性の保全と自然再生等,本事業が掲げる目的は,多くの国が抱える共通課題でもあり,その実態を知らずに字面だけを読めば,この事業を先進的なモデル事業と思いこむ者がいても不思議ではない。それだけに,本調査は,現地調査の重要性とその成果を国内外に発信することの重要性を改めて認識させるものであった。

 河川工事は,治水,利水および河川環境の保全と地域住民の生活に多大な影響を及ぼすものであるから,流域ごとに時間をかけて調査を行い,多様な主体の参加と合意のもとに計画を立案し,緊急性に応じて段階的な工事を施行し,工事の影響を確認しつつ,順応的に施策を実施する必要がある。本事業のように,大規模な工事を全国で同時かつ短期間に行うことは,世界的に見ても,極めて特異な例であるといえよう。

 本事業の法的問題点は,手続的側面と実体的側面に分けられる。まず,手続的にみると,形式的には所定の手続を踏んでいるとしても,当該手続が,その趣旨・目的を達成することのできる内容のものであったかどうかが問われることとなる。例えば,本件事業の環境影響評価手続は数ヶ月で終了しているが,調査方法,個々のデータの妥当性やその評価過程の妥当性が具体的に検証されるべきである。また,施策を先行的に実施しつつ,実態に合わせる形で法改正を行うことについても,公正で透明な行政の実現,ひいては法治主義の観点から批判的な検討がなされるべきである。次に,実体的にみると,事業の必要性,効率性(経済性),有効性については何れも根本的な疑問が呈されており,政府には,これらの批判に対し,具体的なデータを示して説明責任を果たすことが求められよう。

 これらの点に関する司法の判断を仰ぐため,すでに訴訟も提起されているが,建設工事は,裁判の審理のスピードを上回る急ピッチで進められている。それ故,複数の裁判の中でも,浸水被害,浚渫土による土壌汚染被害等,生命・健康にも関わるような事案に焦点を当てて,早期に執行停止に関する判断を得ることが重要であると考えられる。

 同時に,市民の声の力により,工事の進行を少しでも遅らせることが不可欠である。日本では,このような大規模な河川工事の場合,通常,用地買収に時間がかかり,少なくとも一部の土地については所有権,漁業権の収用を伴うのが常である。時として実力行使も含めた被収用者の激しい抵抗がなされるため,本件のような急速な工事は事実上不可能である。パルダン湖では,土地使用権を巡って大きな反対運動が起きているから,もし4大河川事業が収用手続を要するものであったならば,韓国においても,おそらく今回のような拙速な工事はできなかったに違いない。

 このような状況の中では,現在行われているような広報活動を通じ,本事業に対する国民の関心を高めていくことが重要である。幸い本調査では,韓国の湿地,環境保全に関わる全国規模のNGOとローカルなNGOが,共通の目的に向かって相互に緊密な連携をしていることが確認された。問題のフレーミングを通じて,国民の関心を喚起するためには,国内外のNGOが一致団結した立場を表明していくことが有効であり,日韓の間には,そのための基盤が存在する。本件調査が,国境を越えたNGO,市民,研究者等の協力を深め,本事業の詳細な分析とその結果の幅広い発信の契機となることを願うものである。
 

2 花輪伸一(WWFジャパン)-----------------------  

 2月26日から3月1日にかけて、韓国の4大河川整備事業の現地調査を行った。短期間ではあるが、ハン江、ナクトン江、クム江の一部を訪れることができ、湿地NGOから現場で説明を受け、多くの情報を得ることができた。ここでは、韓国を代表する大河川とその整備事業から受けた印象、今後に考えられる対応などについて簡単に述べる。
 大河川の自然の様子は、たいへん心地よく安心感を与えるものであった。豊富な水量を湛えて平野を蛇行し、流域を潤して生物多様性と人々の文化を育んできた。豊かな河川は私たちの気持ちまで豊かにさせてくれる。地球上の多くの地域で、ダムが造られ、取水され、汚染されるなど、河川はかなり搾取されているが、韓国の大河川は、まだ河川本来の姿を残し、人々に豊かな自然の恵み(生態系サービス)を与えていると言える。
 しかしながら、現在進行している河川整備事業は、河川の豊かさを維持することとはまったく別のもので、河川を滅ぼしてしまいかねない。豊かな河川を土木工事の現場に変え、景観を壊し、生物多様性に富んだ湿地を失うことになる。人々の生活にも悪影響を与えることが強く心配される。ダムにより水位が高くなれば河川の中洲や岸辺に広がる湿地は水没し、流速が低下あるいは止水域となった場合、プランクトンの大量発生により水質が悪化する可能性が高い。土砂の浚渫も同様に河川の湿地を破壊し、土砂捨て場の造成もその場所の環境を大きく変化させる。決して、河川や湿地の生態系を改善するものにはならないのである。また、治水の面から見ても、ダムの建設は河川に障害物を築くことであり、大雨による増水時には大量の水が貯まることになり、堤防の越流や決壊などの危険が大きくなる。利水の面でも、十数か所の貯水池を造らなければならないほどの渇水状態ではない。
 この巨大なダム建設事業では、環境アセスメントはわずか4か月間で終了し、環境への影響は少ないとされた。しかし、これだけ大規模に河川の自然を改変する事業に関して、アセスメントは明らかに不十分である。調査データは十分ではなく影響予測と評価も科学的で適正なものとは言えないと思う。ダムを造らないという選択肢を含む複数の代替案を示し、きちんとした環境アセスメントを再度実行する必要があるだろう。その際、計画に関して徹底的に情報を公開し、科学者や市民の意見を十分に聞き、市民参加による計画の修正や中止を保証する必要がある。
 2010年10月には、日本の名古屋市で生物多様性条約会議COP10が開催される。4大河川整備事業は、河川の生物多様性への悪影響が大きく、韓国だけでなく全地球的な問題として捉えられると思う。
 2008年10月にチャンオン市で開かれたラムサール条約会議COP10で、イ・ミョンバク大統領は、湿地は大事な財産であり湿地の保護を進めると、世界に向かって約束した。大統領は、この約束を守り、4大河川整備事業計画を見直し、湿地を保護しその生物多様性から得られる利益を子孫に伝える政策に切り替えるべきである。


3 市野 和夫 (設楽ダムの建設中止を求める会)------

 今回の短い視察日程で回ることのできた河川工事の現場は、ダム・堰建設、浚渫と埋め立てなどであり、いずれも中流域に数キロメートルおきに堰堤を造って、流れを堰き止め、階段状に連続した止水域とするものでした。浚渫土砂は堤防のかさ上げや、サイクリングロード、運動場などの建設に使うとされています。
 この事業は、洪水被害を大きくし、水質を悪化させ、堰上流では堆砂によって砂を止め、下流では河畔の浸食が進み、回遊魚類等をはじめとする生物の生息に著しい影響を与える結果となることは目に見えています。また、中流域の河川を浚渫しても、大きな洪水があれば、すぐに埋まってしまうでしょう。河川のダムで河口から海に供給される砂が減ると、干潟の働きが衰えます。この点も気になりました。

 今回の視察で、気付いたところを2点、メモしておきます。

・ パルダン湖畔の有機農業村
 南北ハンガンの合流点付近のダム湖畔に広がる農地は、湖畔から連続した水田、ハス田などの人の手が加わった湿地が湖岸のアシなどの抽水植生帯に連続していて、水鳥や淡水魚などの生息のためにとてもよい環境であるように思われました。川~湖から、水田に産卵に来る淡水魚がいると思います。たくさんの小さな生物が湧いてくる水田は、稚魚の餌が豊富です。浅いので、大きな捕食性の魚類は入ってこず、稚魚が育つのに絶好の環境が整っています。
 また、湖水との落差がほとんどない水田やハス田が湖岸を取り巻いているため、水田より高い位置にある畑から染み出してくる肥料や雨で流れ出す土壌も、水田を通る間に沈殿したり、水田や湿地の植物に吸収除去されて、湖水を汚すようには思われませんでした。水田・湿地の土壌は、畑から出てくる硝酸性窒素や燐酸分を、極めて効率よく分解したり、吸着除去します。
 このような場所を上手に使って、野生生物とも共存できる有機農業が営まれていることに、感動しました。

・ 里山~田園の状態
 ナクトンガンの河畔を巡礼の一行とともに歩きましたが、川沿いの里山や湿地の状態を間近に見ることができました。バスの車窓からも里山の植生はざっと見ておりました。いずこも20~30年生のマツ、クヌギを主とした林で、近年伐採された跡はありませんでした。昔風のオンドルに薪や粗朶を使うことがなくなったのでしょうか。里山に人手が入らなくなって、このまま育っていくと、20~30年後には風景が大きく変わっていくのではないかと思いました。今から、田園や里山をどのように維持管理していくか、将来構想を練って地域づくりを進めていくことが大事ではないかと思います。(日本では、やってこなかったので、今大騒ぎをしています。)なお、水田はどこもよく管理されていて、日本のような放棄水田は見当たりませんでした。農政の違いが表れているように思いました。

 

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